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福岡地方裁判所柳川支部 昭和37年(ワ)58号 判決 1963年4月24日

主文

被告は原告に対し別紙物件目録記載の土地建物につき被告のため昭和二十九年十二月七日福岡法務局柳川支局受付第三、六六六号を以てなされた昭和二十九年十二月六日根抵当権設定契約に依る被告の為めの債権元本極度額金七拾万円の約の根抵当権設定登記(債務者は柳川市大字坂本町壱番地、富安治人)の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告の主張

一、請求の趣旨

主文第一、二項同趣旨の判決を求めた。

二、請求原因たる事実

(一)  被告は昭和三十年十二月十九日訴外富安治人(原告の実兄)に対する貸金十九万円及び利息損害金の債権があり、原告が其の連帯保証人であるとして福岡法務局所属公証人美雲唯之の昭和二十九年十二月二十三日作成第五五五四号債務承認並びに弁済に関する契約公正証書に基づき原告所有の田四畝十五歩につき強制競売の申立をなした。原告は右債務につき連帯保証及び右公証契約をなした事実はないので右債務関係を調査したところ左記事実が判明した。

(二)即ち訴外富安治人は昭和二十七年八月二十九日訴外柳川信用金庫より金融を受くるに当り原告所有の別紙物件目録記載の不動産に元本極度額金弐拾五万円の根抵当権を設定し同日金弐拾壱万円、同年九月十二日金参万円、同年同月二十九日金壱万円を借受けたことがあつたが、右訴外富安治人は右元利金の返済ができず柳川信用金庫より根抵当権実行のため競売の申立があつたので原告に対し昭和二十九年十二月六日、右債務の立替え返済をしてくれる金主があつて全額返済ができるようになつたから、右抵当権の抹消登記手続に必要だからというて、原告をあざむき原告より印鑑を預かり之をほしいまゝに使用して原告に無断で原告を連帯保証人として被告より金五拾五万円を借受け、この内から柳川信用金庫の債務を弁済し同金庫に対する根抵当権設定登記の抹消手続を経由して、被告に対し請求の趣旨記載の根抵当権設定登記をなした。而して更に右訴外富安治人は原告に印鑑を返還しないで之を冒用し原告に無断で同年同月十三日、原告を連帯保証人として被告より金十九万円を借受け同年同月二十三日、右二口の債務につき夫々「債務承認並に弁済に関する契約」公正証書(福岡法務局所属公証人美雲唯之作成第五五五三号及び第五五五四号)を作成したのである。

(三)  前記のように原告は訴外富安治人の被告に対する前記債務につき連帯保証及び根抵当権設定契約を為したことなく原告に関する一連の法律行為は全部無効である。即ち前記のように右訴外富安治人が原告の印鑑を冒用し被告と消費貸借契約及び根抵当権設定契約をなすに当り原告を連帯保証人及び根抵当権設定者となし、其の際作成した消費貸借契約証書及び根抵当権設定契約書には原告の氏名と印鑑を冒用し直接に原告の記名と捺印をなしたものである。それは原告の為めにする意思を以てなされた行為と認むべきでなく偽造のもので絶対無効のものと云わねばならない。

(四)  本件根抵当権設定登記は昭和二十九年十二月六日原被告の委任による双方代理人として訴外下川チサトの申請により翌七日になされているが原告は下川チサトなる者とは全然面識なく無論之に右登記申請を委任したことはない。従つて右登記申請は原告の意思に基づかないものであり該登記は無効である。

三、被告の抗弁に対する主張

(一)  訴外富安治人が被告より金融を受け、そのうちから訴外柳川信用金庫に対する債務を弁済し、原告所有の不動産につき被告のため根抵当権設定契約をなした所為について右訴外富安治人が之を原告に秘していたことを当時被告会社の支店長であつた福山茂は知つていて之に協力し被告会社の利益に資したものであつて被告は本件契約の当時、訴外富安治人が原告の代理権を有していなかつたことを知つていたのである。

(二)  仮に被告が善意であつたとしても被告に過失があつた。即ち訴外富安治人と被告とが昭和二十九年十二月六日、下川司法書士事務所において本件金員連帯借用証書(乙第二号証の一)及び根抵当権設定契約書(乙第一号証)を作成するに際し原告の印鑑及び印鑑証明書を持参した訴外小之原タケヨ(原告と共に訴外富安治人の妹)を単に訴外富安治人の妹であることを確かめたのみで、これを原告と誤信し確実に原告であるかどうか確かめなかつたのみならず右契約に関する真意を確かめようともしなかつた。その際、常識ある人としての注意を払えば原告であるかどうかは容易に判明した筈である。而して原告でないことが判明すれば近距離(五、六百米)にある原告につき其の真意を確かめることは容易であつた筈である。而も訴外富安治人は訴外柳川信用金庫に対する金弐拾五万円の元利金の返済ができず抵当権の実行として競売される破目に陥り且つ事業は不振を極め全く不信の状態にあつたことは金融業者たる被告として当然知悉していた筈であり尚且つ本件借用金五拾五万円は相当多額であり之を訴外柳川信用金庫に対する連帯保証並びに根抵当権設定者として懲りていた原告が重ねて連帯保証並びに根抵当権設定を負担する意思を有していなかつたことは常識人として推知することができたことである。それにも拘らず原告について調査を怠つたことは被告の過失といわなければならない。

(三)  尚、本件根抵当権設定登記申請は公法上の行為であるから民法第百十条の適用ないし準用はない。即ち原告が訴外富安治人に本件根抵当権設定登記について、その登記申請の代理権を授与したことのないことは明らかであり、又訴外富安治人を使者として該登記申請の代理を訴外下川チサトに委任したことのないことは勿論である。而も登記義務者たる者の登記申請代理人について登記権利者が代理権ありと信ずべき正当の理由を有する場合でも、それについては登記申請は公法上の行為であるから民法第百十条の適用はないと解するのを相当とするので被告の登記申請に関する表見代理の抗弁はそれ自体失当であり本件根抵当権設定登記は不適法なものとして抹消を免れないものといわなければならない。

(四)  被告は原告の追認による民法第百十九条但書の適用を主張するけれども、原告は追認したことはない。仮に追認の事実があるとしても前記のとおり消費貸借契約及び根抵当権設定契約は絶対的無効であり原告は右各契約の当事者でない。且つ民法第百十九条に云う無効行為の追認は無効の法律行為の効力を生ぜしむることを内容とするものでなく無効の法律行為の内容に新たなる効力を生ぜしめんとすることを目的とするものであるから、民法第百十九条但書により、右無効の行為の追認により新たなる同一の契約を成立せしむることは不能である。従つて被告の該抗弁は失当である。

被告の主張

一、請求の趣旨に対する答弁として、原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めた。

二、請求原因に対する答弁として

(一)  原告主張事実中、請求原因第一項前段記載の事実即ち本件根抵当権設定契約並びにその登記がなされていることは何れも之を争わないが、爾余の点は否認抗争する。

(二)  被告と原告及びその実兄訴外富安治人間の本件根抵当権設定契約は原告において訴外小之原タケヨを使者、右治人を代理人として之を締結し、その登記をなしたもので、適法且つ有効のものである。

(三)  仮に原告が右訴外人等に代理権を授与した事実が存しないとしても、原告は自ら認むるように、訴外治人に自己の実印を交付し、之を使用して訴外柳川信用金庫のため設定した根抵当権の抹消登記をなすべき権限を授与し同人がその権限を踰越して、右金庫に対する同一類型の本件法律行為をなしたものであつて、かゝる場合、取引の相手方である被告は実印並びに印鑑証明書を託された代理人にその取引をなす代理権があると信じ、かく信ずるについて過失なきは勿論、正当なる理由があつたのであるから民法第百十条により原告に其の責任があり、本件根抵当権設定契約並びに之が登記は有効のものと謂うべきである。

(四)  又仮に百歩を譲り、本件は訴外治人の無権代理行為に因る無効のものとしても原告は本件根抵当権設定契約並びに金銭消費貸借について昭和三十年一月末頃これ等契約上の責務を認め被告の之が支払請求に対して、その調金のため支払猶予を求めた事実があるので、原告の右行為は民法第百十九条但書の追認と謂うべきものである。

以上の次第であるから原告の本訴請求は其の理由なく被告の到底応じ能わないところである。

と述べた。

立証(省略)

物件目録

柳川市大字坂本町壱番地の四

一、宅地 百九拾六坪

同所 壱番地

家屋番号同所第参番

一、木造瓦葺弐階建 居宅 壱棟

建坪 拾九坪五合

外弐階 五坪五合

附属建物

一、木造瓦葺平家建 物置 壱棟

建坪 参坪

同所 壱番地

家屋番号 同所第五番

一、木造瓦葺弐階建 居宅 壱棟

建坪 弐拾壱坪弐合五勺

外弐階 六坪

附属建物

一、木造瓦葺平家建 物置 壱棟

建坪 四坪五合

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